ロシア渡航あれこれ②

<ロストバゲージ>

そうして、無事ペテルブルク行SU28に搭乗、うとうとしていると、おなじみのやや固めのサンドイッチと飲み物が出て、あっという間にペテルブルク到着。いつもより早い21時頃の到着に、22時にはホテルに着くなと思いながらトランクを待っていました。長い間アエロフロート一筋に乗って来たのでボーナスエリート会員になっていて、トランクには黄色いタグが巻かれていてすぐにわかります。そしてたいてい最初に出てきます。ところが、この日はいつまで待ってもベルトコンベアーに乗って出てきてくれません。とうとうすべての荷物が出されて、「28便荷物終了」の表示が点灯しました。すぐに、ロストバゲージに行こうかと思って受付をみるとかなりな人数の人が列を作っています。ひょっとして次便で来るかもと、SU30便を待っていましたが、30便の荷物終了間際に、ロストバゲージ受付をみると人数がかなり減っていたので、すぐに受付カウンターへ行って並びました。この時点で頭の中では、最悪トランクが届かないバージョンを想定していましたが、とりあえず自分より前の人が行っている作業を盗み聞きしながら、パスポート、エアチケット、荷物預かり番号がくっついたボーディングパスの半切れ、滞在先ホテルと自分の電話番号などを書き出して、今夜のうちに届きますようにと、かすかな望みをもって待っていました。

職業柄当たり前と言えば当たり前だけれども、女性担当者が非常に冷静で温和な言葉で受け付けてくれました。申請書に、チケットに記載された便名、荷物番号、現住所(日本)、宿泊先、連絡先電話番号等必要事項を記入して渡すと、すぐにパソコンのキイボードをたたいて、「荷物はモスクワにあります。」という返事。まず、パリでなくてよかったとひと安心。「今日中か明日午前中に届きますか」と尋ねると「無理」というそっけない返事。「あなたの前にも、そして今、後ろにも、こんなにたくさんの人が、おそらくモスクワからの便で、荷物が届いていないんです。どういう順番で送られてくるかは分かりませんが、今日中というのは絶対無理、明日の午前中というのも難しいと思います。」という説明には納得はいかず、つい語気荒く、「私やこの人たちがトランクやリュックを自分の責任でどこかに置き忘れたり、落としたりしたのではありません。送り忘れた荷物を迅速に本来の届け先に送り届けるのは航空会社の責任ではありませんか。私たちの荷物全部を乗せた特別便を手配してもいいくらいだと思いますが。」などと非現実な願いを口走ってしまいました。女性は黙って下を向いて、「明日の夜か、明後日には、宿泊先のホテルにお届けできると思います。」と言いました。私が、「今日はサンクト・ペテルブルクに一泊するけれども、明日はヴェリーキイ・ノヴゴロドへ移動の旅程だ」と告げると、困ったなという表情になり、「それでお急ぎになるのですね。」とためいきまじり。「幸いプルコヴォ空港はサンクト・ペテルブルクからヴェリーキイ・ノヴゴロドへの車での移動途中にあるので、昼の12時くらいまでなら取りに来てもよい」と言うと、「分かりました。なるべく早く手配するということでご了解ください。」との返事。私は、「出発予定時刻までに届けば取りに来ます。それより後になればホテルに送ってください。3日後には、同じホテルに戻ってきますから」と言うと、「たぶんホテルに送ることになると思いますので、ホテルにこのことを知らせておいてください。」という具体的な指示を受けました。誰に向けたらいいかわからない“怒り”を極力抑えて話していたつもりですが、実際はどうだかわかりません。「仕事上必要なものが入っているのでなるべく早く送ってください。お願いします。」と、とにかく急がせるような言葉を繰り返していました。彼女は、申請内容をPCに打ち込み、印刷して書類を作ってくれ、「この番号が連絡時に使うものです。この紙は大切なものですから絶対に無くさないようにしてください。」と言われて手続きを終了しました。気難しい理屈屋の私と怒鳴り合いにならなかったのは、この優しい担当者のおかげです。

落胆した状態でホテルに入りチェックイン。トランクの受け取りを依頼するとともに、トランクが届いたら携帯に電話をくれるように頼みました。ホテル側は慣れているようで、「分かりました。届いたら、手荷物預かり所に置いておきます。」との返事。部屋に入って、PCを開いてメールのチェック。しばらくすると、“怒り”を“お願い”の形にして、関係者に頼むことも重要かもしれない、と気を取り直して、対応してくれた空港と航空会社の担当部署の責任者に対してメールを書きました。「長年毎年何回かロシアに来ているが、初めてトランクが届かないということが起こってしまった。幸い、優しく冷静な現場担当者の対応で救われる思いはしたが、中には仕事上必要なものが入っている。モスクワからサンクト・ペテルブルクへの飛行機は早朝から何便もある。どうか一便でも早い便でトランクを送ってほしい」という内容です。すぐには何の返事もありませんでしたが、翌日ノヴゴロドへの車中、すでにプルコヴォ空港を通過した11:15にモスクワのアエロフロート「LOST & FOUND」の責任者から丁重な謝罪とSU52便でトランクをサンクト・ペテルブルクに送るというメールが届きました。すぐにホテルに電話をして再び受け取りと連絡を依頼しました。ノヴゴロドに着いた頃から、携帯のSMSで「トランク、プルコヴォ空港到着」、「トランク、プルコヴォ空港出発」。「トランクホテルに配達済み」という連絡が三度にわたってきました。もう夜になっていましたが、ホテルから電話が入り、「トランクは無事到着しました。手荷物預かり所に保管しています。」との連絡があり、この件は一件落着。もっとも、本当にほっとしたのは、再びサンクト・ペテルブルクに戻り、自分のトランクを受け取り、開けて中身がすべてそろっていることを確認した時でした。トランクには出発時にはなかった赤い封印シールが貼ってあり、これをはがすとその跡がトランクに赤い色をちりばめて残りました。中には、渡すべき人へのお土産がむなしく並んでいました。

スーツケース

ようやく落ち着いて考えられるようになってみると、結局最初の担当者の言った通りに事は進み、まあ、あれこれ手を打つ必要などなかったのかなとも思いました。みなさんそれぞれプロで、なすべきことを淡々とこなしてくれたという印象を持ちました。私にとっては、一昔前のロシアでは考えられない新しい時代が確かに来ていることも感じさせられました。

題名に「ロストバゲージ」と書きましたが、私の身に起こったのは正確には、「ディレイドバゲージ」というそうです。最近では荷物の紛失はほとんどないそうで、今回のような飛行機への荷物の積み込み遅れが原因の「ディレイドバゲージ」が多いようです。トランクがない間に購入した必要品の対価は航空会社が支払ってくれることもあるようです。私は会う相手に事情を説明して、少々汚いことは我慢してもらうことにして、三日間着の身着のままで過ごしました。ホテルに最低限のアメニティもあったので、買ったのは、仕事先へのお土産くらいでした。まさかヴォトカとチョコレートを、必要な日用品として申告するわけにもいきません。大金を使ったわけでもないので補償は求めないことにします。ただ保険の方はどうでしょう。毎回私は、海外旅行保険に入ってから出発しているので、帰国してから申請してみます。お金で解決できる問題ではない不便と精神面での不安な状態を保険ではどう考えられているのか、興味があります。

「あなたがロシア語を話してくれるので、私はとても助かりました。荷物は必ず届けます。」と、プルコヴォ空港の担当者の言ったことばがようやくよみがえってきました。

ガスチンヌイ・ドヴォール (ヴェリーキイ・ノヴゴロド)
太陽も一日中こんな感じです (ヴェリーキイ・ノヴゴロド郊外)

<学院長 藻利佳彦>