東京ロシア語学院(旧日ソ学院)は、半世紀以上にわたってロシア語を専門に教え続けてきた小さな学校です。
1949年創立当初から今日まで大きな校舎もキャンパスもありません。戦後設立された友好団体の自由な息吹のなかでロシア語を学びたい、教えたいという熱い思いが講習会の形となって始められました。
最初は校舎もなく、あちこちの施設の一部を借りて、毎週転々としながら授業をする、まるで「遊牧の民」さながらの人間の集まりでした。しかし、ソ連やロシアに対する共通の興味と関心から生まれた、教師と学ぶ者との間の強い絆がゆるむことはなかったのです。

代々木校舎
それは代々木校舎と呼ばれ、現在もなお多くのロシア専門家の記憶に温かい思い出を残し続けています。
この小さく、古い建物からすべてが始まりました。
現在の本科の前身である定期講習会も行われるようになり、後に短期講座などになる集中講座もはじまりました。ロシア文学やロシアに関する講演会も開かれ、小さな建物は旧ソ連・ロシアに関する情報発信の場にもなりました。
翌年には通信講座も開設され、ロシア語を学びたいという全国の人々に大きな希望をもたらしました。
さらに、1957年にはロシア語学力検定試験を開始、ロシア語学習をめぐる環境にひとつの基準を設けたのです。日ソ学院と名乗るようになったのもこのときからです。
ロシア語に興味を抱いたことのあるひとなら一度はNHKのラジオ・ロシア語講座を聞いたことがあるのではないでしょうか。この講座の開講をNHKに要請する署名運動の先頭に立ったのは1949年の第一回講習会の受講者を中心とする「ロシア語友の会」のひとたちでした。NHKより応諾の回答を得て1956年よりラジオ講座は始まったのです。
1979年には一般公募の私費による留学制度の道を拓き、学生はじめ多くの研究者の方々もこの制度を利用してロシアへ渡りました。現在では必要な経費を支払えば誰でも受けることのできる長期の語学研修や留学ですが、その皮切りとなったのは学院の留学制度にほかなりません。
こうした様々な角度からの地道なロシア語教育の実践は、日本人の心に眠るロシアに対する潜在的な興味と関心を目覚めさせ、具体的な交流の機会を作り上げることにいささかなりとも役立ってきたものと自負しています。その後宇宙飛行士ガガーリンの来日や、新生ロシアのイメージを刻印されたゴルバチョフの登場により、ロシア語ブームが起きて学習者が激増したこともあれば、さまざまな事件により低迷を余儀なくされたこともあります。しかし、学院の灯は消えることなく、今日もまた訪れるひとを照らし続けています。